学園牧師 浅居 正信
「剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かってつるぎを上げず、もはや戦うことを学ばない。」 (イザヤ書2:4)
72年前の6月23日、唯一の地上戦が繰り広げられた沖縄での組織的戦闘が終了しました。前日、6月23日には、最後の激戦地のなった平和祈念公園で「沖縄全戦没者追悼式」が行われ、犠牲者を慰霊すると共に恒久平和を誓いました。
その式典の中で、沖縄県立宮古高校3年生の上原愛音(ねね)さんが、「誓い〜私達のおばあに寄せて」と題した「平和の詩」を朗読しました。その一部を紹介します。
『今日響きわたる/神聖なサイレンの音に
「どうか穏やかな日々を」
先人達の願いが重なって聞こえる。
おばあ、大丈夫だよ。
今日、私達も祈っている。
尊い命のバトンを受けて/今/祈っている。
おじい、大丈夫だよ。
この島にはまた/笑顔が咲き誇っている。
私達は/貴方達の想いを
指先にまで流れるあの日の記憶を/いつまでも
紡ぎ続けることができる。
誓おう。
私達はこの澄んだ空を/二度と黒く染めたりしない。
誓おう。
私達はこの美しい大地を/二度と切り裂きはしない。
ここに誓おう。
私は、私達は、/この国は/この世界は
きっと愛(いと)しい人を守り抜くことができる。
この地から私達は/平和の使者になることができる。』
「剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かってつるぎを上げず、もはや戦うことを学ばない。」イザヤ書2:4
旧約聖書に記されている予言者イザヤの言葉です。戦争の武器である「剣と槍」を農耕具である「鋤と鎌」に打ち直すということは、「国と国の間には戦いはなくなった」との象徴的な意味が込められています。「鋤と鎌」は平和の象徴として記されているのです。そして預言者イザヤは告げます。「国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」と。
この聖句は2700年も前に、預言者イザヤによって、国を失った体験から発せられた言葉です。軍事大国アッシリアがパレスチナを含めて世界を支配したとき、「アッシリアの平和」と呼ばれる時代が到来しました。しかし預言者イザヤは「アッシリアの平和」と呼ばれた世界の平和も、実は戦うことを学んだだけで、剣も槍もさらに強力な武器に打ち直しただけにすぎないことを見透かしていたのです。
わたしたちは、あの戦争をとおして何を学んだのでしょうか。多くの犠牲を生み出した経験から、もう二度と戦争を起こしてならないという「決意」と共に「2度と戦わない」と約束をしました。このような時代にあって、今わたしたちは預言者イザヤのみ言葉から学び「平和の使者」となりたいと思います。