学園

いのちの光

2018/02/01
いのちの光 『賜物を生かそう』

学園牧師 浅居 正信

あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人々と交わりなさい。自分を賢い者とうぬぼれてはなりません。だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行うように心がけなさい。できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい。

ローマの信徒への手紙12:14-18

私たちはそれぞれ異なった「賜物」を神さまからいただいています。「賜物」とは、神様から与えられたもの、命や能力のことです。人によって与えられる賜物は異なりますが、他人と比較するのではなく、自分が与えられたものの中で精一杯に用いる生き方が望まれています。

今月の聖句、ローマの信徒への手紙には、この世に生きる私たちが、この社会でどのようにふるまうべきかについて記されています。

15節「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」。もし「喜ぶ人」が自分に敵対している人であったら、自分を迫害するような人であったら、人は素直に喜ぶことができるでしょうか。「泣く人」も同じく泣くことができるでしょうか。

パウロ自身何度も迫害を経験し、それを耐え忍んできました。この背後にはイエス・キリストの存在があったからであり、ここでパウロが勧めるのは、この世に倣わない在り方を勧めています。

今日のような競争社会においては、他者の痛みや悲しみを共に担うことは難しく、さらには他者の幸せや喜びを共に担うことも難しくなっています。だからこそ「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」ことが望まれています。「せめて、あなたがたは」互いに愛し合うことが望まれています。

つづけてパウロは、この世に生きるキリスト者に「すべての人と平和に暮らしなさい(18節)」と語りかけます。この世において、悪意をもって対する者と平和に暮らすことがいかに困難なことか、パウロはよく知っていました。キリストを証したために迫害されていたパウロは、平和に暮らすことがいかに困難なことか知っていました。平和を実現するために、困難なことがあっても、すくなくともキリスト者がキリスト者の側から関係を絶つようなことはしてはならず、平和を継続するように努めるよう勧めるのです。そして、平和のために戦争をするようなことはあってはならないのです。

それぞれ差はありますが、ひとりひとりに与えられた神様からの賜物があります。そして必ずそれぞれが与えられた役割があります。その役割を探し求めましょう。そして、わたしたちは、「イエスキリストを模範とする人間教育」を掲げ、創立者の精神を重んじつつ、この世的な価値観ではなく、今、わたしたち一人一人に与えられている、賜物を自分のため他者のため生かしたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

近江兄弟社の創立記念日

 

190522日、ヴォーリズ先生は商業学校(現滋賀県立八幡商業高等学校)の英語教師として近江八幡に来られました。その日を近江兄弟社の創立記念日として毎年記念式典が行われています。今年は1905年から数えて113回目の創立記念日になります。

ページトップへ
ページトップへ