宗教センター長 池田 隆男
そこで、イエスは言われた。「剣(つるぎ)を鞘(さや)におさめなさい。剣(つるぎ)を取(と)る者(もの)は皆(みな)、剣(つるぎ)で滅(ほろ)びる」(マタイ16:52)
ヴォーリズ先生は讃美歌236番を作詞作曲されました。それは「平和」への祈りを込めたもです。
1.地の上にまことの さとりはひらけて
人をばあいする おもいもさかえよ
この世の人間に本当の「人間らしさ」と「愛」とを与え、人間を神のみ旨にかなう者にしてくださいという祈りです。
2.みだれしむねにも 平和を与えて
むさぼるこころを 主よ、きよめたまえ
思い高ぶった心によって生じる争いを終わらせ、私たちに神さまのこころを伝える者としてください。貧欲なこころを清めてくださいという祈りです。
3.世人のさちをも おのれのさちとし
たがいにたすくる おもいもさかえよ
この世に「平和」への理想、ヴィジョンを与えてください。互いに助け合う「愛」を与えてください。生活上のすべての脅威、恐れを取り除く「愛」を与えてくださいという祈りです。
4.いくさをなげうち みわざにいそしみ
みかみのみやこを きずかしめたまえ
悩み、苦しみ、争いを終わらせてください。また、神のみ旨にかなう国を築き、平和を与えてくださいという祈りです。
ヴォーリズ先生自身がこの詩を書いた経緯をのちの近江兄弟社のキリスト教伝道誌「湖畔の声」に次のように書いています。
『この歌がつくられたのは、1908年のことでした。ヨーロッパで進行しつつある軍備拡張の記事に目をとめました。そこで、私の信仰的な愛情から突然戦争に対する嫌悪の情にかられつつ私たちの荒んだ世界に平和を生み出しそれを保つためには、いったい何が必要であろうかということに関して綴っていく暗示を受けたのでした。その結果出来上がったのがこの讃美歌221番(1954年版236番)の詩であります。
2、3日して私が京都のG・Sフェルプス夫妻を訪れた時、彼らはその歌に大変な興味を惹かれました。私は、早速、アメリカで刊行されている“平和の鼓吹者”という雑誌にその全詩を送りました。するとその編集長は、私にその戦争の句を抜きにした平和の讃美歌を普及することが希望なら、その雑誌に掲載してもよいといってきました。
1913年に、私が、もう一度アメリカ中を旅行していました時に、私の机の上にあった、“観察”という一雑誌を偶然に見つけました。その表紙には平和と友愛を歌った讃美歌百歌選という特集が掲載されているということが記されてありました。この表題が私の眼をとらえ、私は焼けつくような目でその中の20項に亘る奇妙な記事を一気に読みました。その中の各項には5つの讃美歌が載せられており、その中ほどの美しい“枠”で囲まれていました。その中の2、3は最近のものでした。その冒頭の枠入りの讃美歌が私の作ったものであることを発見して、私は驚きました。かくして私の歌はウィリアム・ボンド氏によって“聖霊降誕節“の曲があてがわれたのです。
それから10年間のうちに、私の讃美歌は、多くのアメリカの讃美歌集に加えられました。作歌して2年後、アメリカを旅行中、日本語讃美歌集のためにこの歌の曲目として”平和“の曲を作りました。(1954年の湖畔の声10月号より)』中高生の皆さんは「礼拝の心得」107ページ、讃美歌「地の上に まことの」も併せて読んでみてください。
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高等学校平和礼拝 講師 栗田 佳典先生(NPO法人ラテ・ルネッサンス)ヴォーリズ平和礼拝堂
7月 3日(火)高校1年生、 7月 5日(木) 高校3年生、 (単位制は講堂)
7月 6日(金)単位制全、 7月 18日(水) 高校2年生
中学校平和礼拝 講師 内田 正典先生(同志社大学教授)
7月20日(木)中学校 ヴォーリズ平和礼拝堂