高等学校校長の春日井です。今年もよろしくお願いいたします。

新年を迎え、始業にあたって、中高の生徒のみなさん、先生方にお話ししたいことが二つあります。

【一つ目】

年末から年始にかけて、英語ディベート部、バスケット部女子、サッカー部女子、バレー部女子が全国大会に出場しました。英語ディベート部は全国6位、サッカー部女子、バレー部女子は、1回戦を競り勝ちました。私は、バスケット部、バレー部の応援のために、東京体育館に行ってきましたが、いずれも接戦で心がしびれました。全国大会で1勝することの大変さを実感しました。同時にこの舞台に立っている部員のみなさんの日常の練習や学校生活で努力する姿を思いました。全国大会には届かなくても、日常の練習や学校生活で努力する姿は、すべての部員や生徒のみなさんに共通する課題でもあります。

中体連、高体連、高文連などの大会では、勝つこともあれば負けることもあります。たとえばその時に、「誰々のせいで負けた」「誰々が足を引っ張った」といった発言をしてしまったことはないでしょうか。プロでもミスはあるのです。誰かがミスをしたら、その人を責めるのではなく、周りのみんなでカバーしていく、自分には何ができるのか考えて行動していく。レギュラーであるか否かを問わず、そういった姿勢、人間力を身に付けていくことがが、チームとしての総合力になっていくと思うのです。そうして培ったチームとしての総合力が、県大会、近畿大会、全国大会で競り勝つ1勝につながっていくのではないでしょうか。

【二つ目】

私は、本校の前は大学で勤務し、その前は京都府の中学校で勤務した経験があります。20代の頃の私は、口では「プロセスが大事」と言いながら、内心では「うちのクラスが絶対優勝、金賞」とこだわっているような教師でした。中学校1年生の合唱コンクール、リハーサルでは一番仕上がっていて金賞候補でした。ところが本番では、プレッシャーをかけ過ぎて、金銀銅のどの賞にも入れませんでした。失意の中で教室に戻ってきた生徒に対して、先生方はどんな声を掛けますか。私は、「今日の合唱は今までの中で最低だったな」と言ってしまいました。生徒の努力を全面否定するひどい発言でした。

しかし、その後の振り返りの作文の中で、クラスの生徒たちは、「自分たちの中にもおごりがあったのではないか」「この経験が、私たちをまた成長させてくれた」「だけど、よくやったねって先生に言われなかったことが辛かった」などと書いてくれて、私のことを全面否定はしなかったのです。みんなの作文を読みながら、泣けてきました。生徒の方が、担任の私よりもはるかに素敵な人間力、クラス・チームとしての総合力を取り組みの中で身に付けていました。

この時、「生徒に謝ったら負けだ」と思ってきた私は、「自分の発言をちゃんと生徒に謝ろう」と心から思いました。その後、少しに先なりましたが、「合唱コンクールの時、ひどい発言をしてしまってごめんなさい」とクラスで謝りました。それから、私は、生徒に謝ることができる教師になれました。成長途上にある生徒のみなさんも、相手を全面否定したり、傷つけてしまったりするような失敗もあるかと思います。その時に、「ごめんなさい」が心から言えることをどうか大事にしていってください。

神様、私たちは多くの間違いや失敗をします。間違いや失敗が、悔やむためにあるのではなく、新しい発見や成長のための大切な宝であることを教えてください。

主イエス・キリストの名によって祈ります。アーメン

以上でお話を終わります。