2/26(木)卒業式の前々日、卒業記念礼拝を行いました。
この学び舎を巣立ちゆく3年生の代表4名が、全校生徒に向けてメッセージをしました。
入学当初はまだ未熟だった自分が、本校での学びの中で成長していったこと、そこに至るには周囲の人々の存在が大切であったことを、自分の言葉で率直に語ってくれました。
3年生たちはおのおの自分の経験と重ねあわせながら、また後輩たちは1年後・2年後の自分の姿を想像しながらメッセージに聞き入りました。
ここに全文を紹介させていただきます。

ICCコース S・R
僕が話すことは部活動とICCで学んだ人間関係です。この高校生活で、人間関係の重要さを特に学びました。例えば、僕の苦手な勉強をするときでも、友達と一緒にすれば楽しくできたし、休日もいろんな人達と遊ぶことで多くの刺激をもらえたからです。また将来、友達が多いほうが自分の就く仕事や休日の遊びを充実できるからです。
今もこの中に僕の友達はたくさんいます。それは自分から喋りにいったり、新しい場所へ行ったりして、クラスメイトや僕が所属していたサッカー部以外の人と友達になることができたからです。
でも昔からこんなに積極的に話せるキャラクターではありませんでした。昔の僕は、自分から遊びに誘うことや話しかけることは少なかったです。周りがいっぱい話しかけてくれたし遊びに誘ってくれたから、中学時代は友だちに囲まれて過ごすことができました。僕らの代の兄弟社サッカー部キャプテンと中学校が一緒だったのですが、彼と仲良くなったのも彼がいっぱい僕に話しかけてきたからです。中学三年の時は「高校一緒やからサッカーしようぜ」と何度も誘ってくれました。今でも彼は暇があれば遊びに誘い、僕を家からひっぱり出してくれます。今思えばとても恵まれていたし感謝するべきだと思っています。
そんな周りに恵まれていたのになぜ自信がなかったのか、それは中学での部活動がとてつもなく過酷だったからです。ミスをするとその試合中ずっとパスが回ったこなかったり無視されていました。逆も然りで僕もミスが多い選手にパスを出さなかったり、無視してしまいました。それが当たり前だと思っていました。ミスするやつは排除され、試合中はボールを取られないことだけを考えていました。ミスしないよう必死になってサッカーしてた。でもそんな環境で生きていくともちろん自信はなくなります。だって試合中は誰も喋ってくれず、パスが来なくて自分がフィールド上にいないように感じてしまうからです。サッカーをプレーする上ではその環境のほうが上達するので良かったかもしれません。ですが生活面でも自信のなさがそのままでていました。もし話しかけて無視されたらどうしよう、遊びに誘っても断られたら、自分と話していても楽しくないのかな。そんなネガティブ思考ばっかりでした。
この感じでICCに入ったから大変でした。まず女子と上手く喋れませんでした。話しかけられても「うん」や「了解です」など返事ばっかりです。ICCあるあるなんですが、よくICCやから女子とうまくしゃべれるやろ?と聞かれます。ですが未だに上手く喋ることはできず、まだまだ勉強中です。未だにクラスの女子と話す時はネガティブ思考になります。自分からDMやLINEをすることもめったになく、メッセージを送るときは何度も考えては消して、考えて消して、の繰り返しです。クラスの人たちから、なにを考えているかわからない、と言われてしまう始末です。
部活動でもはじめの頃は一緒で、嫌われないよう立ち回っていたし、控えめでした。でもみんなと一緒にサッカーする内にうちとけてきて、本当の友達になることができました。サッカー部のみんなといる時は自分が思ってること、したいことなど気軽に言えるようになって素を出せてとても過ごしやすかったです。なぜならなんでも思ったことをすぐ言うアメリカと日本のハーフでかまちょな友達がいたからです。彼は試合中に自分が敵にボール取られたのに、先輩に対して取り返せ!と発言するほどです。さすがにこれはやり過ぎですが、そんなことを言える彼に実はこっそり憧れてました。自分が窮屈だ、とか嫌だな、など焦ってプレーすると余計に力が入ってうまいこと行きません。気軽に、リラックスしてのびのびとサッカーしたほうがパフォーマンスが良い方に持っていきやすい。兄弟社サッカー部ではそんなことを学びました。
ASCコース S・K
私たちがこの学校に登校するのも残りわずかとなりました。今日はわたしのこの学校で過ごした3年間を振り返ってみようと思います。私の3年間を一言で表すと、少し聞こえは悪いですが、「他人に流される」3年間でした。でもその結果、あることに挑戦できました。それは留学です。私は高校2年生のときにニュージーランドへ留学をするという大きな決断をしました。
ですが私は最初から留学したいと思えるタイプではありませんでした。どちらかというと、「留学?そんなの絶対無理」「ホームステイで言語の通じない家族と一緒に生活するなんて」と思っていました。そんな私が変わったのは、高校一年生のときに、友だちが「短期のアメリカへの留学に一緒に行こう」と誘ってくれたことがきっかけでした。
その留学はホームステイではなく、友だちと寮で暮らせるというものだったので、当時の私は友だちと一緒なら、と流されるような形で挑戦してみることにしました。しかし、実際に飛行機に乗って向かったその先には非常に大きな言語の壁が待ち受けていました。
留学プログラム中にメジャーリーグの野球観戦をしに行ったときのことです。私と友だち何人かで売店にホットドッグを買いに行きました。友だちの分と合わせて4人分を注文したのですが、店員さんが「分割払いでいいですか?」と英語で伝えてきて、私たちはそれが何を意味するのか分からず、何度も聞き返してしまいました。聞き返すうちにその店員さんも私たちにしびれを切らして少し不機嫌になってしまいました。私はその時に初めて異国の言葉が理解できないもどかしさを感じました。その悔しい経験は英語でスムーズにコミュニケーションをとりたいという思いに繋がりました。
英語を習得したいという思いから、英語のドラマを見たり、曲を聞いたりしながら、これまでよりも英語に触れるようになりました。そして映画や曲を通して、 英語という言語だけではなく海外の文化、特に自分の意見を強く主張したり、ダイレクトな表現をするような英語圏の文化そのものにも興味を持つようになりました 。
高校入学当初は 留学とは縁がないと考えていた私ですが、このことがきっかけでもう一度留学をしたいと考えるようになりました。 そして私は高校2年生の時に ニュージーランドへ 約3ヶ月間の留学をすることを決断しました。 入学当初の私の心情 から考えると ありえないことだなあと今も思うのですが、 人はちょっとしたことがきっかけで大きく変わることができると学びました。
しかし、ニュージーランドでは様々な文化を持った人たちと出会いました。私の通っていた学校にはたくさんの留学生が在籍していました。ある時、出身の国の文化を披露するような学校のイベントがあり、私は日本人として浴衣を着ました。タイやベトナムの民族衣装を着ている留学生のともだちとお互いの衣装を見せ合いながら褒めあったという経験がとても楽しく、これが異文化交流なんだと強く感じた瞬間でした。また、学校の友達に浴衣を褒めてもらえて日本のことを誇らしく思いました。それぞれが違った文化を持ち、そんな自分とは違う文化を持つ彼らと話すことで、相手の文化はもちろん、母国である日本の文化の良さを再認識できる感覚が楽しかったです。
この経験は私の将来の目標にもつながりました。ニュージーランドには白人だけではなく、 先住民族のマオリやアジア系、アフリカ系など様々な人種の人々が暮らしています。そのような多様な民族構成は 日本と大きく異なることに気がつきました。その気づきはなぜ日本では多様な民族が暮らしていないのかという問いにつながりました。同じ島国であるのになぜこれほど違うのか。どちらの民族構成がより正しいのか。あるいはどちらも正しいのか。私は多様な人種の人々が交わり合って生活する社会に魅力を感じます。そのような価値観になったのもこの留学で多様な国籍の人と関わった経験のおかげだと思います。大学では、日本もニュージーランドのような多民族国家になれば人々は幸せになれるのか。なるにはどのような制度を整えたら良いのかを講義を通して考えたいです。
ここで私の好きな聖句を紹介します 。マタイによる福音書7:7、「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」私はこの聖句の特に「門を叩きなさい。 そうすれば開かれる。」という箇所が好きです。自分の興味への扉は叩いてみないことには開きません。 人におすすめされたからやってみようかなやあの子もやってるからやってみようかなという積極的とはいえない気持ちからでも、 とりあえず扉を叩いてみることが大切だと思っています。 私は大学進学後も自分の興味関心を探さなければいけない というプレッシャーを感じるのではなく、流れに身をまかせて 様々なことに挑戦しながらたくさんの興味を見つけていきたいです。
友達の一言に流されて始まった私の留学ですが、私の将来の目標へとつながりました 。この経験から私は必ずしも自分が興味のあることを探してそれを実行することだけが正解ではないと気づきました。流れに身を任せて、そこから焦らず少しずつ自分の興味を探してみることも正解だと思います。 もし今自分のやりたいことが明確に決まっていない人は他人からのアドバイスやこうしたらいいんじゃないという言葉にあえて流されてみるというのもありだと思います。 そこから自分の好きなことや興味のあることが見つかる可能性もあるのではないでしょうか。
GLCコース T・C
私は、この三年間で何かすごいことを成し遂げたわけではありません。ですが、自分なりに大きく成長できたとはっきり言えます。それは私がこの三年間、自分の苦手なことと向き合ってきたからです。
もともと私は、人前で話すことが本当に苦手でした。中学生の頃、授業でクラスの前に立ったとき、声が震えて、深呼吸をしても喉を必死に抑えても震えは止まらず、泣きそうな声のまま発表したという苦い思い出もあります。そういった数々の苦い経験が積み重なり、クラスのたった三十人の前で話すことさえ怖かったです。苦手なことからは、できるだけ避けたいと思っていました。でも、このままの自分でいいのかなという気持ちも心のどこかにありました。
高校に入学したとき、「変わるなら今しかない」と思いました。部活動を決めるとき、あえて自分が一番しなさそうなことに挑戦してみようと思い、生徒会執行部に入りました。中学生の頃の私からは考えられない選択で、中学の友達にもとても驚かれました。
ですがもちろん、生徒会に入ったからといって、すぐに自分が変わったわけではありません。周りの人たちは積極的に意見を言い、自分から先回りして動いていました。そんな仲間の姿を、私は心から尊敬していました。同時に、自分の無力さを強く感じる日々でもありました。それでも、少人数の前、クラスの前、全校生徒の前と、さまざまな人数の前で話す機会を重ね、少しずつ自分の足りないところが見えるようになりました。
授業でも、高校は中学校に比べて発表やスピーチの機会が増えました。中学生の頃は、「どうしたら発表から逃げられるか」ばかり考えていました。高校生になり、「もう逃げられない」と思ったとき、初めて自分と向き合う覚悟ができました。
そこで私は、私なりに皆の前でうまく話せる方法を探しました。なぜ私は緊張してしまうのかを考えて、対策を練りました。人前で話すときに大切だと気づいたのは、「言葉を自分のものにすること」です。ただ原稿を読むだけでは、話し手自身が内容を理解できていないことがあります。話し手自身が理解していなければ、聞き手にも伝わりません。なので、私は思っている二倍、三倍の練習をするようにしました。
そして、生徒会執行部で人前で説明する機会が増え、初めて聞く人にきちんと理解してもらうにはどうすればよいのかを、これまで以上に考えるようになりました。話し手である自分は何度も練習を重ねて内容を理解していますが、聞き手にとってはその話を聞くのは初めてです。何度も練習をしたり文章を考えたりするうちに、話す内容が自分の中で当たり前になってしまい、初めて聞く人たちにとって何が分かりにくいのかが自分でわからなくなってしまうこともありました。だからこそ、常に「初めて聞く人の立場」に立つことを強く意識しました。どの順番で話せば伝わりやすいのか、どんな言葉を選べばイメージしやすいのか、どこを強調すればいいのかを一つひとつ丁寧に見直しました。そうして準備を重ね、「ここまでやった」と思えることが、心配性であがり症な私にとって、少しずつ自信へと変わっていきました。
それでも、人前で話すことや、みんなを引っ張ることが苦手な自分に、自信をなくすことは何度もありました。特に、生徒会執行部では、周りの人たちのすごさに圧倒されることが多くありました。
ここで聖句を紹介します。ローマの信徒への手紙十二章六節「わたしたちは、与えられた恵みによって、それぞれ異なった賜物を持っていますから、預言の賜物を受けていれば、信仰に応じて預言し、奉仕の賜物を受けていれば、奉仕に専念しなさい」
この言葉から、一人ひとりに違う役割があって、自分に与えられたものを大切にすればいいのだと気づくことができました。
全員が前に立つタイプでも、全員がみんなを引っ張るタイプでも、全員が影で支えるタイプでも、世の中は成り立ちません。人の話をよく聞ける人、空気を和ませられる人、コツコツ努力できる人。それぞれの役割があるからこそ、支え合うことができます。生徒会活動を通して、生徒会のみんなと共に活動する中で「みんなの得意なことが違うからこそ、助け合えるんだ」と言うことを特に実感しました。私は、自分一人ではできないこともあると受け入れつつ、周りの力を頼りながら少しずつ成長することができました。
こうして周りと関わりながら過ごす中で、私がこの三年間で見つけた自分の強みは「観察力」です。私は短所だと思っていた「周りの目を気にしすぎてしまう」ということが、見方を変えれば、周りを見て行動できる力だと気づくことができました。この観察力を活かして、将来は人の気持ちに気づき、困っている人をそっと支えられる人になりたいです。この3年間で成長したと言っても、まだたくさんの人の前で話すことや皆を引っ張ることを完全に克服して得意になったわけではありません。正直、今もとても緊張しています。だからこそ、周りの人をよく見て、支えられる存在として役に立ちたいと思っています。
そして、苦手なことに直面したときも逃げずに向き合い、少しずつでも成長し続けられる人でありたいです。
私はこの三年間で、「自分を変えるためには大きな勇気がいるけれど、自分と向き合えば人は成長できる」ということを学びました。これからも自分自身と向き合いながら、一歩ずつ前に進んでいきたいと思います。
HNCコース T・R
私は中学二年生の夏休み頃から起立性調節障害になってしまい、毎日学校に通うことができなくなってしまいました。朝、思うように体を起こすことができなかったり、日中は常に体がしんどくなりました。この症状が原因でいけなくなったことから、友達や先生から「怠けている」と思われたりしていないかだったり、周りに比べて、できない自分はどう思われているのだろうと、周りの目をとても気にするようになったと同時に自分に自信を持てなくなっていきました。
そんな中私は、近江兄弟社高校の単位制課程を見つけ、ここなら自分にあっているのではと思い進学することを決めました。ですが、新しい環境に入ることは正直とても怖かったです。入学後も中学の時のように周りの目を気にしながら学校生活をすごさないといけないのか、またしんどくなり学校に行けなくなったらどうしよう、など不安を抱えながら入学しました。
しかし、単位制で過ごす毎日は、私の想像していたものではありませんでした。単位制では、それぞれがいろいろな過去を持った人たちが入学してきます。だからこそ、誰も他人の過去を必要以上に聞こうとしませんでした。
学校に来れていない人のことを責めたりするのではなく、自然と気に掛ける人がいたり、無理に励ましたり催促もせず、距離を詰めすぎたりすることもありませんでした。どんなクラスメイトのことも、同じ空間にいることを当たり前だと受け入れてくれるような空気がありました。私はそんな雰囲気がとても心地よく、前向きな気持ちになりました。
クラス活動でも、そんな雰囲気は変わりませんでした。文化祭の準備では、誰かに仕事を押しつけるわけではなく、みんなが自分ができることを自ら探して動いていました。輪に入りづらそうな人がいれば、自然に声をかけて、一緒に作業しました。これは特別なことではなく、日常の一部でした。
人は誰でも弱い部分があると思います。そして単位制ではそれぞれの過去を抱えた人がいます。だからこそ、相手の痛みを想像し、その痛みに寄り添おうとする雰囲気が自然と生まれているのだと思います。
私は単位制に入ってから、この場所では何かを無理に頑張らなくてもいいし、完璧にできなくてもいいのだと考えられるようになりました。そう考えられるようになったことが自分にとってすごく大きな支えになりました。
加えて近江兄弟社高校では、弓道部に出会うことができました。ここでの雰囲気も私のことを大きく支えてくれました。誰かが伸び悩んでいるとき、特定の人だけに声をかけるのではなく、誰にでも話しかけやすい空気がありました。一人のために教えていると、他の部員も集まってきて、自然と輪が広がっていくような場面を何度も目にしました。
さらに、学年間の壁も薄く、先輩後輩という関係でも必要以上に距離を感じることはありませんでした。わからないことは素直に聞けて、できないことがあっても否定されることはありませんでした。そんな部活の雰囲気のおかげで、できない自分を隠すことがなくなりました。
私は入部してからの一年間、周りとの実力差を強く感じていました。自分なりに努力しているつもりでしたが、結果が追いついてこず、差が縮まることはありませんでした。焦りや悔しさを感じることが多く、自分には向いてないのかなと考えたこともあります。
そんな中でも部活を続けることができたのは、結果が出なくとも変わらず接してくれた仲間がいたからです。調子が悪いときは声をかけてくれて、うまくいかない原因を一緒に考えてくれる仲間がいました。そんな存在は私に『一人ではない』と実感させてくれました。
試行錯誤しながら練習を積み重ねた結果、ある時、選抜選手に選ばれ、この試合で結果を残すことができました。結果以上に、積み上げてきたものが無駄ではなかったと感じられたことが、何よりも嬉しかったです。
昔の自分は、できない自分のことを否定していました。しかし今は、うまくいかなかったときには、できない部分だけをみて落ち込むのではなく、次にどう活かすのかを考えるようになりました。この考え方は、学校での経験、そして仲間との出会いから生まれたものです。
自分一人では決して今の自分になることはできませんでした。受け入れてくれるクラスの雰囲気や単位制の先生方の優しさ、私の弱さを受け入れてくれたクラスメイトや部活の仲間、厳しくも温かく指導してくださった監督や顧問の先生など、この学校での出会いがあったからこそ私は成長することができました。
旧約聖書のコヘレトの書にも次のような言葉があります。
ひとりよりもふたりが良い。ともに労苦すれば、その報いは良い。倒れれば、ひとりがその友を助け起こす。倒れても起こしてくれる友のない人は不幸だ。
これからの人生でいろいろな環境に身をおき、その環境ごとに様々な人に出会っていくと思います。たくさんの出会いがあるから成長できるのだと思います。私は、今まで仲間が作ってくれた環境に助けられてばかりでした。これからは、この先の出会いと、いままでの出会いを大切にし、自分が周りを支えられるような人間になっていきたいです。